深読み!海外名作絵本100

発表から25歳年以上読み継がれている”これだけは読んでおきたい”海外の名作絵本の数々。 読み聞かせ歴15年、のべ9000名をこえる子どもたちに絵本を読んできました

想像する力『まどのそとのそのまたむこう』窓の向こうに広がる世界

この絵本は絵といい、おはなしといい とても不思議な絵本です。

 

描いたのは
「まよなかのだいどころ」

 

「まどのそとのそのまたむこう」と合わせて
センダックの3部作といわれます。

 

この絵本の面白さは読むほどに深まる、
というのが15年間、読み聞かせをしてきた実感です。
小学校でも1年生、2年生、3年生に読みました。

 

文章は少ないので
大きな場面をじっくりみせながら
ゆっくりと読みました。

 

読み終えると、子どもたちは、キョトンとした様子で、 でもすぐにその世界をすっーと、通り過ぎていきます。
ちょっと長めですが、読み解いてみました。

まどのそとのそのまたむこう

 
わき あきこ 訳
ページ: 40ページ サイズ: 26.2 x 23 cm 出版社: 福音館書店 出版年: 1983年
 
とても少女と思えない女の子と赤ちゃんが表紙です。
さあ、おはなしの世界へ。
 

窓のむこうへ

最初の中表紙には姉妹が横向きで、 女の子は、赤ちゃんの手を後ろから支えて 歩かせている様子が描かれ二人の目線は下を向いています。
 
灰色のマントを着た赤ん坊くらいの背丈の顔の見えないゴブリン座り込み、 庭に咲くひまわりとともに描かれています。
見開きの中表紙には赤ちゃんを抱いた女の子が、 しっかりとこちらに視線を向けて立っています。
そのまわりにはやはり四人のゴブリン。
 
ホルンやはしごを持っているゴブリンもいて、 女の子のほうを覗っているようです。
またページをめくるとやはり姉妹と ゴブリンがページの右下半分に描かれ、 後姿のゴブリンの向こうに赤ちゃんを抱く 女の子が背中を見せています。
 
ほとんどの絵本は、 表紙をめくると中表紙があってお話に入っています。
この絵本はお話に入るまでに絵が3枚も描かれており、 最後の背中を見せた二人は 次のページへの案内をしているようにも見えます。
 
「こちらですよ」と。
 パパは うみへ おでかけ。 ママは おにわの あずまや。 アイダは あかちゃんの おもり。
 
こうしてお話ははじまります。
 
アイダは、魔法のホルンを赤ちゃんに吹いてあげますが、 目を離したすきにゴブリンたちがやってきて、 氷の人形を変わりに置いて、赤ちゃんをさらっていきます。
アイダは気がついて赤ちゃんを取り戻しにいくのです。
 
いでたちはママの黄色いコートに身を包み、 ホルンをポケットにつっこんで、後ろ向きになって 「まどのそとの そのまたむこう」へ出ていきました。
 
赤ちゃんをお嫁さんにしようとする ゴブリンたちの結婚式に乗り込み、 無事赤ちゃんを見つけ助け出し戻ってくる、という筋書きです。
 
とにかく不思議なお話。
わけがわからないことばかりだし わからなくても少しも構わないのです。
けれどなぜか忘れられない一冊です。
 
以下は、よく読んで見た 私の『まどのそとのそのまたむこう』なのです。
 
登場人物も赤ちゃんとその姉のアイダ、 ふたりのママ、船乗りのパパ、 そしてゴブリン(邪悪な精霊・妖精、小人)たちだけです。
 

「まどのそとのそのまたむこう」の景色

 
『 パパは うみへ おでかけ。 』
こちらをまっすぐ顔を向けた赤ちゃん(アイダに抱かれている)。
ママとアイダは海辺に立って帆船を見ています。
ゴブリンも陸におかれた小さな帆船に座って海のほうをむいています。
 
庭から海が見えるので家は海のすぐそばにあって、 だからアイダは裸足のままなのでしょうか。
見える景色は、雲間から筋状に青空が少し見えるだけで、 薄茶色の雲と黄土色の空。切り立った鋭く大きな岩山。
海に浮かぶ帆船は四隻。その海の色も空と同じく、波は静か。
 
アイダの立っている場所もごつごつとしたおおきな石が転がっている岩場。
色のトーンはこの作品ならではのくすんだ色で統一されていますが、 それにしても空と海の色はこの世のものと思えない感じを受けます。
 
アイダの足元の海だけは青い海が見えます。
あちらとこちら、あちらを見つめるアイダとママ。
こちらを見ているのは赤ちゃんです。
 
『 ママは おにわの あずまや。 』
場面は一転、庭のあずまや。
右からアイダに抱っこされた赤ちゃん、 ママはあずまやのベンチに腰掛け、 アイダほどもある大きな犬(シェパード?)がおとなしくおすわりし、 左の隅にゴブリン二人がはしごを持って描かれ、 すべての顔が左の方向に向いています。
 
目を細め大きく口をあけた赤ちゃん(泣いている?)を抱っこしている側で 、無表情で遠くを伏し目がちに見ているママ。
アイダは芝生に落ちている赤ちゃんの黄色い帽子を見ていて、 犬は悠々として見えます。左側に木立が続き小道が奥へ消えています。
轍も見えるので外へと続く道でしょうか。庭の低めの石垣の真ん中あたりに木戸があり、 向こうに木々と海が見えます。帆船も一隻。
木戸を降りると先の海辺に行くことができそうです。
赤ちゃん以外が無表情で無機質な印象を受けるこの場面は、 時が止まったように見えてしまうのです。
 
はしごを持ったゴブリンは、 次のページへと足を進めます。
 

家の中の出来事

 
『 アイダは あかちゃんの おもり。 まほうの ホルンを ふいてあげよう。 だけど、あかちゃんを みないでいたら、 』
 
場面は家の中へ移ります。 部屋には窓がふたつ。
左の窓には薄手の白いカーテンがかかっており、 正面に見える窓にはカーテンはなく、 窓の下半分には青い木戸がついている珍しい仕様。
 
カーテンの窓の外にはひまわりが勢いよく咲いています。
このひまわりですが、一本一本がうねっていて生命力にあふれています。
 
画家のゴッホが描いたひまわりに似ている印象を受けました。
 
あかちゃんのほうを見ないで、 ひまわりの方をむいてホルンを吹くアイダ。
赤ちゃんは、小さなベッドに座りアイダを見つめていて、 もうひとつの窓からはしごをかけたゴブリン二人が中に入ろうとしています。
 
『 ゴブリンたちが やってきました。 おへやにはいった ゴブリンたちは、 こおりの にんぎょうを かわりにおいて あかちゃんを かかえて でていきました。 』
 
ベッドには青白い氷人形の赤ちゃんが黄色い帽子をかぶって座っており、 木戸の窓から今しもさらわれていく赤ちゃんが、 ゴブリンに抱かれて窓を超えようとしているところです。
赤ちゃんはアイダを見て叫んでいる様子。
 
アイダはホルンを吹いています。
氷人形がとても不気味。
そもそもゴブリンはなぜ氷人形を置いていったのでしょう。
 
『 アイダは なんにもしらずに にんぎょうをだきしめ、「だいすきよ」と、 ささやきました。 』
 
アイダが部屋にひとり残ってから部屋の様相は激しく変化していきます。
カーテンの窓のひまわりの花は、一輪、四輪と増えていき、 このページでは五輪も描かれており、だんだん部屋に前かがみになっています。
 
まるでひまわりが(アイダ、それはあなたの赤ちゃんではないよ、とささやいているよう) 氷の赤ちゃんを抱きしめるアイダ。
ゴブリンが去った木戸の窓には、 少し波が立った海が見え大きな帆船が一隻浮かんでいます。
 
この赤ちゃんを抱きしめて以降、 窓の外へゆくまでの展開は芝居じみて、好きな場面です。
 
『 ところが こおりは ぽたぽた とけだし、 アイダは きがついて かんかんに おこりました。 』
 
カーテンの窓の下、氷の赤ちゃんは 顔半分から溶け出して水たまりに浮かんでいて怖い。
アイダは足を踏み鳴らして怒り、 解けた氷の人形をにらみつけています。
 
窓のひまわりはだんだん中へ ひまわり以外の花も二輪あり九輪の花がアイダに (それはこおりだったんだよ、と)いってるようです。
木戸の窓の外は否妻が光、海は波立ち、帆船は沈没しています。
窓の外の世界はアイダの心情と同調しているかのよう。
 
『 「ゴブリンたちが ぬすんだんだわ! およめさんにしようと おもってるのね!」 さあ いそがなくてはなりません。 』
 
アイダは両手のこぶしを振りあげ左足を一歩踏み出し力強く宣言するのです。
ひまわりたちも(そうだ、がんばれ!)といった様相。
人形は解けて水たまりに、帽子だけが落ちています。
 
木戸の窓の外は、藍色の空に厚い鉛色の雲、 波はおさまっているよう見えます。
 

窓の外の世界へ

 
『 アイダは ママの きいろいレインコートに くるまり、 ホルンを おちないように ポケットに つっこみました。ところが そのあとが しっぱいでした。 』
 
全身を黄色いレインコートで覆われたアイダ。
ホルンも黄色(金色)。とても目立ちます。
黄色のひまわりがしっかりね、とばかりに声をかけて。
そして、また海は荒れ狂い、厚い雲が垂れ込めています。
準備は万端整いましたが、アイダが失敗したのは?
 
『 アイダは うしろむきになって まどのわくをこえ、 まどのそとの そのまたむこうへ でていったのです。 』
 
後ろ向きで窓を越えたこと。
この後の展開を考えるなら、 後ろ向きで飛び込んで目標を失った、 ということでしょうか。
 
結果、空をふわり飛んで赤ちゃんの手掛かりを探すアイダです。
見開きの右側には青い木戸の窓から後ろ向きに飛び込むアイダの姿が描かれ、 左には三人のゴブリンにさらわれていく赤ちゃんが 石橋の眼鏡橋を渡っているところが描かれています。
 
橋の側の船着き場のようなところには、 小さな赤い帆船が一隻つながれています。
アイダは木戸の窓から体を投げ出した瞬間で、 無重力空間に浮かんでいる感じがします。
窓の下には気の柵があってひまわりの花もアイダを見送っているようです。
 

空を飛ぶアイダ

 
『 アイダは なんにみないで ふわふわとんで、 どろぼうたちの どうくつのそばを とおりすぎてしまいました。 けれど そのうち とおいうみから、 ふなのりのパパのうたが きこえてきました。 』
 
黄色いマントが空飛ぶ絨毯のように 中空に浮かぶ四つ這いのようなアイダ。
空は満月で明るく照らされ雲も銀色に輝いています。
 
浮かんでいるアイダの下のほうにふたりのゴブリンと赤ちゃん。
遠くに帆船が見える穏やかな海岸。
水差しのようなランプに火がともっている洞窟。
 
この部屋からみた窓の景色は荒れ模様でしたが、 「まどのそとのそのまたむこう」の世界の景色は、 妙にすがすがしく描かれています。
 
藍色の月光に照らされた空や雲は美しく、 海も凪いでいて平穏な印象を与えます。
 
マントで浮かぶアイダからは、 「赤ちゃんを取り戻さなくては」という意志を感じされる一方で 「どうしよう」という不安、畏怖、躊躇、思案、逡巡などが うかがわれる表情をしています。
人が未知の場に飛び込んだ時に陥る表情なのでしょうか。
 
『 「うしろむきでは なんにもならぬ くるり まわって ホルンをおふき あかんぼさらいの ゴブリンたちの けっこんしきが はじまるよ!」 』
 
聞こえてきたパパの歌の場面は 様々な景色と大勢の人物で構成されています。
 
中空のアイダは大勢を反転させ、 マントをまとったまま横泳ぎのような形で手足を伸ばし、 先ほどの表情から目を見開いて何かを見つめているまなざしに変わっています。
 
ふたりのゴブリンがいて、ひとりは石階段に槍をもって立ち、 もうひとりはさほど距離が離れていない岩場の上にランプを掲げて座っています。
 
赤ちゃんは洞窟の中でおとなしそうに座っており、 その横、場面の左下に青い上着を着た男がふたり岩場に寄りかかり、 こちらを見ています。かすかに微笑んでいるよう。
 
その向こうには帆船も見え、彼らは船乗りなのでしょうか。
(アイダのパパ?)その反対側右下にはランプの洞窟の奥には、 アイダの家の庭のあずまやにいるママが描かれています。
 
「ママは おにわの あずまや。」の景色です。
その洞窟の上には羊の群れの中で横たわる男。
帽子をかぶりあちらを向いて眠っている様子。
アイダは空を行きながらパパの歌を聞いて、
状況を知って、次に自分が何をすべきか考えているようにみえます。
 

ゴブリンの赤ちゃんたち

『 そこで アイダは くるりとまわり、 たちまち けっこんしきの まっただなかに とびこみました。 ところが、ゴブリンたちときたら いもうとみたいな あかちゃんばかりで、 あしを ばたばたさせては はなを ぶうぶう ならしていました! 』
 
アイダは地上に降りました。
五人の赤ちゃん~実はゴブリン~が座ったり寝転んだり 苦虫をつぶしたような、泣き出しそうな表情でお生き生きと描かれています。
 
どうも天井が低い洞窟のようです。
床にはダチョウの卵ほどの大きさの割れた殻がおちていて、 それを手に持つものもいます。
 
ゴブリンのマントはグレーでしたが、 この世界では月光に照らされて、少し輝いてみえます)を頭にかぶっています。
これでアイダは赤ちゃんがゴブリンだとわかったのでしょうか。
 
描かれた赤ちゃんの裸体はとてもリアルで お座りできるようになった赤ちゃんってこんな感じだった、とどきどきします。
そもそもゴブリンはなぜ赤ちゃんになっていたのでしょう。
 

アイダへの目くらまし?

アイダはたくさんの赤ちゃん(ゴブリン)をみて、行動を起こします。
 
『 「なんて うるさいんでしょ」と、 アイダは いってやりました。 そして、すぐに うっとりするような おんがくを はじめました。 ゴブリンたちは じぶんでも しらないうちに おどりだしてしまい、 どんどん はやくなる おどりに たちまち いきがつけなくなってきました。 』
 
黄色いマントは片袖になって左足を立たせた片足立ちで、 ホルンを吹くアイダが凛々しく、 赤ちゃん(ゴブリン)たちは立って右側へ向かって走りだして(踊りだして)います。
 
表情はとても大人びて踊っているわりには楽しそうな感じは受けません。
遠くに月光に照らされた穏やかな海、帆船が一隻雲をバックに浮かんでいます。
 
『 「ひどいよ アイダ」と、 ゴブリンたちは いいました。 「こんなに おどっちゃ めがまわる」 けれど アイダは へいきで どんどん ちょうしを はやめていきました。 さあ、こんどは ふなのりが つきよにおどる いさましい ホーンパイプおどりです。 』
 
テンポが早くなった踊りでゴブリンたちの中には、 しりもちをつくものやバランスを崩した姿が左ページにまとめて描かれています。
アイダはマントを脱いで右手に持ち、 勢いのよい姿で大きな歩幅をとってホルンを吹いています。
 
アイダの向こうには大きな満月と光る海。
ゴブリンたちは目がまわりすぎて目を細め 笑っているような弛緩した表情にみえます。
確かに目が回るとこんな表情になっている気がします。
 
『 ゴブリンたちは ぐるぐるまわって おどりながら、 とうとう みんな かわにはいり、 うずまくみずと いっしょになって すぐに みえなくなってしまいました。 』
 
五人のゴブリンたちは腰から下が水で、 手をのばしたり浸っていることに陶酔しているような表情にもみえます。
 
目線は伏し目がちなものが三人、 二人は横の遠くのほうをみているようです。
アイダは川辺にいて足元の川面が光っています。
 
ゴブリンたちとは反対の地面のほうに目をやり、 かすかに微笑んでいるようです。
うずまく水と見えなくなったゴブリンたちの表情を不思議です。
 
水に浸かっているゴブリンだけをみたら、 水遊びをしているようにも見えますが、 遊んでいる明るさは感じられません。
 
『 でも ひとりだけ たまごのからに すっぽりおさまり、 ふんふんうたったり てをたたいたりしている あかちゃんがいました。 そして それこそ アイダのいもうとに ちがいありませんでした。 』
 
月の光に照らされた青白く光るアイダは、 片膝をついて両手をさしだして赤ちゃんを見ています。
場面右下に大きな卵の割れた殻に座ってアイダを指さしている赤ちゃん。
 
アイダが赤ちゃんを見つけたのです。大喜びするでもなく、 落ち着いた眼差しと慈愛に満ちた表情、 広げた両手は赤ちゃんを抱こうとしているのでしょう。
 

家路へ

 
『 アイダは おおよろこびで あかちゃんをだきしめ、 こみちのように うねうねながれる おがわにそって、のはらを あるいてかえりました。 』
 
小川が流れる森の中を、ホルンを持ち赤ちゃんを抱いて歩くアイダ。
赤ちゃんの輝いた顔。この小川はゴブリンが見えなくなった小川なのでしょうか。
 
川向うに赤い屋根の小屋があって戸や窓が開け放たれ、 ピアノを弾いている男の人がいます。
小屋の向こうには小山があり羊飼いが羊を連れてみえます。
 
空は明るい青色。
アイダたちのまわりには蝶が四羽、 羽ばたいていて側の樹木の枝がまるで両手を開いたように ふたりを向かい入れているようです。
 
これまでの世界と一変した明朗な景色が 小川の向こうに描かれています。
これまでアイダがいた 窓の外の世界とママがいる現実との境界なのでしょうか。
 
『 そして とうとう、こんもりまるい おかのうえまで もどってみると、 ママは あずまやにいて、 そこには パパのてがみが きていました。 』
 
そして、現実の世界です。
最初の庭の場面、左の小道から赤ちゃんを抱いたアイダが現れます。
アイダたちの後ろに見える森はうっすら暗く、足元に残っています。
 
犬も立ってふたりのほうをむき、 ママも手紙を持った手を差し出して前のめりになって出迎えています。
この姿ではじめて意志を持ったママを見たように思います。
パパの手紙がきているのよ、と嬉しそうです。
 

パパからの手紙

 
『 「パパは そのうち かえりますが、 それまでは パパの いさましい ちいさなアイダが、 いつもアイダのことを おもっている パパのために、 あかちゃんと ままとを みていてくれることと おもいます」 』
 
あずまやに足を組んで座るママは手紙を読みながらアイダの肩に手をかけています。
赤ちゃんは芝に座り込み犬と戯れています。
アイダはやっと少し子どもらしい表情で手紙を聞いています。
そして最後のページへ。
 
『 アイダは ちゃんと そのとおりに やったのでした。 』
 
ひまわりの花の前で赤ちゃんを うしろから支えて立たせて両手をとるアイダ。
ふたりは伏し目で描かれています。
 
ちゃんと赤ちゃんを守ることができたことに満足し、 充足して幸福そうです。

私的解釈の愉しみ

さて、冒頭にも記したように、 このお話には不思議なことがたくさんあるのですが、 きっとそのひとつひとつに意味づけしようとするなら、 それなりに可能でしょう。
 
いかなる解釈をも受け入れる許容があるのです。
たとえば私には、 無気力なママは、船乗りで留守がちな夫の影響なのか、鬱病のようにも見えますし、 その豊満な体型や様子から妊娠中なのでは? と考えてみたり。
頼りないママのかわりにアイダにママと赤ちゃんを託すパパの手紙は ママを気遣ったもので、アイダもわかって受け入れています。
けれど、理由付けすると途端に、俗的なものになってしまいます。
むしろそうした理由を考えずに、 不思議な世界を満喫するほうがより楽しめるようになりました。
 
アイダがゴブリンにさらわれた赤ちゃんを助けに行ったのは、 「まどのそとのそのまたむこう」が子どもやゴブリンの世界だからだし、 ゴブリンは無垢なものがすきなのでしょう。
 
ゴブリンが赤ちゃんに変身して、 踊る姿には苦笑してしまいます。
表情は大人で身体が赤ん坊だからで、 そのアンバランスさからでしょうか。
 

窓の外と内

 
アイダは未知なる世界に飛び込むとき、 ママの黄色いコートで身を包み、 魔法のホルン(おそらくパパのでは?)を持っていきます。
それらは肝心な時に適切なアドバイスを届けてくれる頼れる存在に、 ゴブリンの世界ではなっています。
 
ほとんどの場面に命の源である水の景色が描かれていて、 お話と連動していました。
すべての植物は生き生きとして動き出し、しゃべりだしそうです。
 
また、すっくと立つアイダの大きな素足が美しく、 雄々しくてとても好きです。
その立ち振る舞いも大げさで、舞台劇を眺めているようで心躍ります。
 
さて、なぜ赤ちゃんはさらわれたのか。
アイダがおもりしている時に、赤ちゃんにホルンを吹いてあげましたが、 それがゴブリンを引き寄せたのかもしれません。
 
なんといっても魔法のホルンですから。
 
ご訪問ありがとうございます。
絵本選びのきっかえになればうれしいです。