『もりのなか』◆柔らかさと畏れを体験できる絵本
エッツの代表作ともいえるこの絵本は、墨一色で描かれた絵本です。
紙の三角帽子をかぶった男の子が森の中を歩いていきます。
裏表紙には「よんであげるなら2才から」とあります。
息子にも2才半のころ読み始めました。
読むたびに色々なことを発見できる絵本です。
登場する動物たちの姿を見るだけでも楽しいです。
かれらを引き連れて先頭を歩く男の子の気持ちになってみてもワクワクします。
そこは「もりのなか」、開かれていながら閉じている世界。
息子はどんな風に楽しんでいたのでしょう。
この頃の子どもは丸ごと受け止める度量があるということです。
穏やかさと少しの怖さをあわせもつ不思議な絵本です。
小学校の朝読書の時間、1年生、2年生によく読みました。
文が簡潔でほどよい分量なので、ゆっくりゆっくり読むことができました。
マリー・ホール・エッツ ぶん/え
まさき るりこ やく
ページ: 40
サイズ: 25.7x18.3cm
出版社: 福音館書店
出版年: 1963年
墨色の森の中の特別な世界~絵本の構成から受ける印象
モノクロのパステル(?)で描かれている挿絵は、律儀にすべてのページにあります。
横長の絵本で左右に絵が配置され、絵の下に文があります。
文もすべて(当然なのですが)ひらがなで書かれています。
絵のサイズはすべて同じです。
絵本にはいくつかの定型ともいえるパターンがあります。
見開きにした時に、
片側に全面の絵があり、もう片側は文だけの絵本。
モノクロページとカラーページが開くたびに交互にあらわれる絵本。
見開き全体に絵があり文がそえられている絵本。
オールカラーの絵本。
全部モノクロの絵本。
文が多い絵本、文が少ない絵本。
コマ割りのような絵本。
・ ・ ・ 視覚的に絵の量と文の量から、どのような絵本なのか感じることができます。
「もりのなか」は、1ページに決まったサイズに絵が4分の3、文が4分の1で下に1行~3行。
最初から最後まで変わることはありません。
使われている色は紙の色(灰色がかった白)と墨色(ベタの黒ではない)です。
色や絵、全体のサイズから、淡々としたリズムが開いたページ全体から感じられます。
劇的なことは起こらない… それがこの絵本の第一印象でした。
もりのなかを行く少年と動物たちの行進の不思議
大きな木の根元に紙の帽子をかぶった少年がラッパを口にして立っています。
ぼくは、かみの ぼうしを かぶり、あたらしい らっぱをもって、
これがおはなしの1ページ目です。
もりへ、 さんぽに でかけました。
少年は森で次々に動物たちと出会います。
ライオン、ゾウ、クマ、カンガルー、コウノトリ、サル、ウサギと次々出会い、長い行列となってもりのなかを行進するのです。
紙を梳かすライオン、セーターに着替えるゾウ、ジャムとピーナッツを抱えるクマ、おなかに赤ちゃんカンガルーを連れてのカンガルーの親子は太鼓を持って、老獪なコウノトリは黙ってあとに続き、よそ行きの服に着替えたサルたち。
動物たちはいろいろと身支度して少年のあとに続きます。どの動物たちも微笑んでいます。
洋服や二本足で歩いても不思議と違和感がありません。
擬人化され過ぎない動物たちが静かに少年とやりとりをしていると、意思の疎通ははかれるものだと、納得できるのです。
ライオンもクマもゾウもサルもみな、同じような背丈で描かれています。
物語世界である記号なのではないでしょうか。
最後に出会うウサギだけはちょっと特別
それまでは少年から声をかけることはありませんでしたが、ウサギには少年から声をかけています。
「こわがらなくって いいんだよ」、 ~ 「きたけりゃ、ぼくと ならんで くれば いいよ」
そうして、ウサギは少年のちょっと後ろの横について歩き出します。黒い森を背景に動物たちが微笑みながら行進。
誰かが残したピクニックのあとのテーブルで一休み。ハンカチ落とし、ロンドン橋落ちた、かくれんぼをして遊びます。
かくれんぼでウサギだけがかくれずにじっと座っていました。
「もういいかい!」
といって目をあけると動物たちは1ぴきもいなくなっています。
そして少年のおとうさんが探しにきていました。
少年はおとうさんに肩車にのってかえります。
「さようならぁ。みんな まっててね。また こんど さんぽに きたとき、さがすからね!」
という言葉でおはなしはおわります。
ウサギだけは実物と同じような大きさで描かれています。
ウサギだけがリアルなのでしょうか。
大きな動物も小さな動物も一様に描かれた世界。
ウサギだけが少年とともにリアルな大きさであることが逆に目を引きます。
ウサギだけが少年にとって特別ななにかであることがわかります。
「もりのなか」はどこか
動物たちと粛々と遊ぶページが、最初に読んだ時から不思議でした。
淡々と整列しながら遊ぶ少年と動物たち。
どちらかというと無表情に「遊び」をこなす動物たちと少年。
かくれんぼのオニになった少年は気に顔をふせています。
おとうさんが少年をみつけてから森を去ろうとするまで、少年はこちらを向きません。
ずっと後ろ姿です。
つまり動物たちといた時だけ、あるいは最初のひとりでいたときは表情がみえています。
動物たちがいなくなった(消えた)ときから、少年の表情をエッツ(作者)は描いていないのですね。
おとうさんは現実の人です。少年の現実の人なのですが、「もりのなか」ではむしろ動物たちといる時が顔の見える人でした。
夢の中、空想の世界、
といってしまうのは簡単ですが、少年(この絵本の主人公は3歳?)の年頃はそれが混然一体となっている年頃なのだ、と絵本を読んでいて感じました。
「3歳までは夢の中」…そんなふうに子ども時代をたとえたのを読んだことがあります。
まさにこの絵本の少年のよう、それが日常なのです。
もしかしたら、現実と空想の世界のはざまに唯一いられるのが3才なのかもしれませんね。
ふと子どもを見ると中空を見て笑って楽しそうにしていたり、
シャボン玉をふきながら、キリなくずっとやりつづけたり、
タンポポの綿毛を飛ばしながら綿毛だらけの中に姿がぼんやりしたり、
ブナ林の森を延々と走り回ったり、
そんな息子の3才の頃を思い出します。
できるだけ、その邪魔をしないようにとこの「もりのなか」を読むと思います。
そうした時期はそう長くはないのです。ですがとても大切な時期でもあります。
よりよい空想を持つことができる子どもは自ら問題を解決できる人であり、まわりの人の気持ちをわかる人になれると思うのです。
だれもが持つ「もりのなか」
深い森の静けさとゆったりとした時間、子どもの漠然とした期待と不安をうまく表現しているように思います。
森の中を歩く未知なる冒険心、共に歩く動物たちは、これからの少年の人生を映すかのようです。
孤独に思われるウサギは少年でしょうか。
かくれんぼで今、に戻った少年は、動物たちに声をかけました。
「まっててね」と。
これから先で合うであろう人たちに声かけているようにも聞こえるのです。
マリー・ホール・エッツの代表作「もりのなか」は、 一言でいうなら、静謐。
子どもの頃、小山の鬱蒼とした木々のある神社にいると、不思議な気分になったことを思い出す絵本です。
読むたびに深い思索の迷宮に迷い込む感覚があります。
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絵本選びの参考になれば嬉しいです。